2008年02月17日

クマともりとひと

 「クマともりとひと」という小冊子をいただきました。1992年当時中学の理科の教師だった著者に、ひとりの女生徒が提出してきた作文につけられた新聞の切り抜きには、里に下りてきて射殺されたやせ細ったツキノワグマとハンターが写っていました。本で調べてみると、ツキノワグマは99パーセント草食であとは沢蟹など食べていて人を襲ったりすることがなく、自然林が伐採されてスギやヒノキばかりが植えられた結果餌がなくなって里に下りてくるようになり、駆除され、絶滅寸前になっていると知ったそうです。

 心を痛めた生徒たちがクマを護りたいと言ったとき、自然保護団体に任せておきなさい、と答えたけれど、実際にはそういう団体がないとわかり、生徒たちがクマを守る団体あったかとあまり問い続けるので、3人の理科教師で「野生ツキノワグマを守る会」を結成。けれども生徒たちが入りたいと言った時には、扇動したなどと言われたくなくて断ったそうです。すると、生徒たちが数人ずつで会をつくったと報告に来るようになり、ついには校内に16の保護団体ができました。

 署名を集めて県庁に行ったところ、「兵庫県はこれからもスギ・ヒノキをどんどん植えていくんです」と怒られてしまい、同行した大学教授はクマは絶滅の危機にないなどと、急に前に話していたことと反対のことを言い出すし、新聞記者は帰ってしまうしで、生徒たちに申し訳なく思ってあやまったところ、生徒は「先生、ぼくら今日、県庁に行ってよかったですよ。オトナの世界って汚いんですね。だんだんわかってきました。ぼくら、ものすごく闘志がわいてきました。これから猛勉強して、僕らの調べたこと、きっとあの人たちに聞かせてみせます」といったそうです。頼もしいですね。

 一生懸命な生徒たちにどうしてそこまでするのかと聞いたところ、これはクマだけの問題じゃない、今の環境破壊を見ていたら、自分達も寿命まで生き残れないとはっきりわかると答えたそうです。


 県知事に直訴したり、その後も生徒たちと先生の努力が実を結んでやっと兵庫県でツキノワグマの狩猟が禁止されました。著者は日本を自然保護大国にしなければ21世紀は生き残れないと考えるようになり、全国を奔走しています。

 詳しくは日本熊森協会のサイトでパンフレット(100円)をお求めになってお読みになってください。

 森というのは、木がたくさん生えているところというだけでなく、そこに住む動物も含めて考えるべき、というのが著者の考えです。クマが住める環境だということは、生態系も破壊されていないということだから、熊を環境保護のシンボルにし、日本熊森協会と名づけたそうです。スギやヒノキの人工林は保水力がなく、水不足の原因になるし、鉄砲水や土砂崩れの恐れもあります。最近手入れのされなくなったスギはひょろひょろして、途中でポッキリ折れていますね。危機を感じて花粉をたくさん出しているとも言われています。

 
 「先生、大人って、ほんまはぼくら子どもに愛情なんかないんと違うかな。自然も資源もみんな、自分たちの代で使い果たして、僕らに何も追い溶こうとしてくれへんな」ある生徒が寂しそうに言ったというこのことば、すべてのおとなに聞いてほしいです。子どもたち、その子どもたちに残すのが、放射性廃棄物みたいなゴミばかりなんてことのないよう。
posted by ヘリオトロープ at 23:00| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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