2008年01月18日

報道について思うことちょこっと

数週間前、田園都市線が人身事故のためストップしたというニュースがテレビで流れました。ふと思ったのですが、人身事故のため電車が止まったり遅れたりは東京近辺では、こんな言い方はしたくないけれど、日常茶飯事です。先週など外出するたびどこかの路線が止まっていると電光掲示板に出ていました。いつもめったに報道しないのに、なぜそのときは何度も報道されたのでしょう?いつも報道されず1度だけ報道されれば、他の地方に住んでいて様子を知らない人は珍しいことが起きたと思ってしまうのではないでしょうか?内容にウソ偽りがなくても、そういう報道のしかたってどうなのでしょう。

 少年犯罪が増えているといってグラフを見せられれば、なるほど増えているのかと思いますが、切り取られた部分より前には今よりもっと多かったという事実、どう思われますか?最近の子どもはけしからんと言っている60代の人たちが少年だったころはもっと少年犯罪が多かったのです。

 前にも書きましたが、吉野家でアメリカ産牛丼を復活した時のニュース、いつもは「日本橋の老舗デパートでは…」などと報道しているNHKが「吉野家」と名前を大々的に出し、行列している人たちを映し出して、まるでコマーシャルを流しているかのよう、いかにも日本人皆がアメリカ産牛肉を安全だと思って待っていたかのような印象を与えようとしているようで、ひどくいかがわしく感じられました。

 犯罪被害者の「もっと重罪に」という声ばかり長々と取り上げたり(被害者としてはそう思うのは当然ですが)、裁判員制度を「国民の声が届くようになります」などと宣伝しているのにも疑問を感じます。国民の声が届くといっても、法律を知らない人たちの感情で判決が決められるなら、それはリンチであって、法治国家が崩れてしまうのではないでしょうか。

 報道のありかたとは話がそれますが、教育再生会議関連の報道がありましたね。月間現代2月号の田原総一郎氏(このかたも偏っていると私は思っているのですが)の「学校再建は地域復活にあり」の中に、ある教育再生会議委員も「この会議には実はホンネとタテマエがある。タテマエは、学力の向上と規範意識の向上だが、ホンネは国家統制です…(略)」と述べていると書いてありました。同じく委員である百ます計算の蔭山英男氏も「『ゆとり教育』と『そうでない教育』と、スローガンとして二項対立させているだけで、みんな中身のことなどぜんぜん考えずに口にしているのだと思いますよ」と田原氏に答えています。
posted by ヘリオトロープ at 13:38| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Excerpt: 家人のつけるラジオで、たまたま大田経済相の演説が耳に入ってきました。    か細い上ずったような声にびっくりしましたが、言ってる内容...
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