2008年01月08日

ゴーシュロン「不寝番」

 以前エリュアールの詩「自由」について書いたとき(十代のころのノートより)、ご自身も詩人でエリュアールの詩を翻訳していらっしゃる大島博光さんのサイトに出会いました。そこで知ったフランスの詩人ゴーシュロンの詩集「不寝番」を読みました。

 ゴーシュロンは1920年生まれ、若いころアラゴンの指導をうけたという人です。詳しくは大島さんのサイトをご覧下さい。詩もそこでお読みになれます。

 「不寝番」は1998年に出版された詩集(大島さんによる翻訳は2003年光陽出版社)で、フランス革命、パリ・コミューン、ベトナム、スペイン内戦、湾岸戦争、広島など、戦争と平和、圧制をはねかえして人間的に生きようとする人々をテーマにしています。

 湾岸戦争が「砂の嵐作戦」で始まったとき、テレビで若い米兵達が飛行機に乗って出撃する様子を見ました。無関心だった私には、きらめく風防ガラスや颯爽とした兵士を美しく映し出す映像、「全員無事帰還」のことばなどがやけに格好良く思えたものでした。でも、ものごとをきちんを把握していた当時の若い人たちの間には嫌米の感情が広がったようです。
ゴーシュロンは次のように語ります。



銀の飛行機 みごとな蜃気楼(ミラージュ・原文はルビ)戦闘機
そして人民の首には締め付ける貧困の首輪
風にひるがえる旗
老いぼれの大根役者は
新石器時代の始めのように若く美しく
腕の筋肉をふくらませて見せる
さあ 悲劇が始まる

 「湾岸戦争を見渡す岬」より


 老いぼれの大根役者とは戦争のことです。数行前に『戦争という老いぼれの大根役者』のことばがあります。
人民の首を締め付ける『貧困の首輪』とは、爆撃によって街や家を破壊される一般市民の状況でしょうか、あるいは、膨れ上がる軍備費のために福祉を削られ税負担を増やされたり、兵士要員にするためにつくられた格差社会の攻撃する側の国の人々の状況でしょうか。いずれもかもしれません。結局苦しむのは双方の庶民なのです。

 湾岸戦争の頃の詩は、今の時代にもそのまま当てはまります。

「わが心痛事・平和」の中の『これらの猿ぐつわ 鎖 虐殺は なんのためなのか』 から、私はアブグレイブやグアンダナモを連想しました。

同じ詩の


犠牲となった者たちへの崇拝と儀式
人びとは 犠牲となったものたちの名誉をほめ賛える


について、大島博光さんは「洋の東西を問わず国民を侵略戦争に駆りたてる軍国主義の一つの仕掛け」と解説しています。

 まえがきに『詩は警戒する義務をもつように、ほめ賛える義務をもつ。いかなる時にももっとも歓迎されるべき人類の顔を明らかにすることが重要である』とあるように、この詩は


悪戦苦闘して われわれは知る
前進後退をくりかえしながら たえず前へと
群集と民衆が前進してゆくことを

そして万難を排して平和に与えるのを
充分な大きさを 生の尊厳を
そして人間としての誇りを くすぶる火を

と結ばれています。



 日本国憲法第12条には「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」とありますが、平和や自由、権利は、不断の努力をしていないといつの間にか失われてしまうものなのです。騙し取られるようなことがあってはなりませんね。
posted by ヘリオトロープ at 12:33| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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