講演の前にアフリカは音楽抜きでは語れないということで、ムクナ・チャカトゥンバさんのパーカッションと歌の演奏がありました。太鼓の響きとリズムがなんともいい感じです。「ガンバロウ」という歌がありましたが、意味は日本語と同じなのですって。
講演の内容ですが、きちんとしたまとめではありませんが、印象に残ったところを書いてみますね。
アフリカには53カ国あって、以前はサハラ砂漠より北と南に分けて見られていましたが、現在文化的違いがあってもEUのようにひとつと見るようになってきているそうです。ほとんどの国が植民地にされ、働き手を奴隷として奪われたため、発展が遅れ、植民地解放後、一時は発展の兆しがあったものの、冷戦時代にはいると代理戦争の場にされました。冷戦時代が終わると、それまで武器と一緒に送り込まれていた経済援助がひきあげられ、人権侵害や放漫経営を行っていたのが、とたんに変化を求められるようになりました。
現在、危機管理、紛争解決においてかつてなかったような軍事介入装置や平和構築スタイルの実験場になっています。また、石油などの資源をめぐって中国はじめ各国がアフリカにおもねりはじめています。ポジティブな面でもネガティブな面でも、今アフリカが注目されるようになってきています。また、経済的には一番発展していないどころか、後退している大陸ではありますが、国連における53票は結果を左右するので無視できません。
負け組・勝ち組を厳しく分けるグローバリゼーション・市場優先主義により、アフリカは「負け組」のレッテルを貼られ、貧困層が増えています。人口8億人のうち、半分が15歳以下で都市に住んでいるそうです。食糧の自給率も下がっており、2050年までに倍増する人口を養えるか懸念されています。
従来「安全保障」というと、国の安全保障を指しましたが、1980年代に「人間の安全保障」ということばが出現しました。1994年UNDPの「人間開発報告書1994」にてこの概念が正面から提唱されました。1998年小渕首相が「人間は生存を脅かされたり、尊厳を冒されたりすることなく創造的な生活を営むべき存在である」と述べ、その後日本政府は「人間の安全保障基金」を設置して、アナン国連事務総長を巻き込んで、国連に「人間緒安全保障委員会」を設立しました。
外部からの脅威、内戦や独裁、暴力などだけが人の安全を脅かすわけでなく、貧困のあまり選択の自由がない状況などにあっても、人間の安全保障がされているとはいえません。ただ、「人間の安全保障」の概念は定義があいまいなために、国際的な合意がまだできあがっているとはいえないのだそうです。
今、アフリカは人間の安全保障を最も必要としています。日本の防衛費は5兆円ですが、それにひきかえ、ODAはJICA職員の給料なども含めて7800億円です。私達がアフリカを遠い国だと思わずに関心を持つことが、アフリカにおける人間の安全保障の実現に遠回りではあるが繋がっていくとのお話でした。
小渕さんはいいことをおっしゃっていたんですね。



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