外間さんが最初に衝撃を受けたのは、宮良さんが壮行会で残した「一度は生徒を教えてみたかった。戦争は非情だ。どんなに勉強したくてもできない。戦争のない時代に生まれたかった」ということばでした。宮良さんは成績はトップで、広い心の持ち主だったことは、捕虜になって木に縛り付けられていた米兵に食糧と水を与えて日本兵に銃床でひどくなぐられたエピソードからもわかります。生きて教師になる日があったなら、全人格的な教育を実践したに違いない、と外間さんはおっしゃっています。
外間さんの本「うちなー讃歌」(かりゆし出版)についてこちらで一部内容が紹介されています。美しい自然と生き生きとした表情の人々の写真と詩の本です。宮良さんのことも書いてあります。
宮良さんは62年前に亡くなったけれども、宮良さんは今必要とされている、9条を守ろうというさまざまなグループを繋ぐ役をするのは宮良さんだ、と外間さんは考えています。
宮良さんはひめゆり隊員に看取られて亡くなりました。ガス壊疽で右手を切断されようというとき、「待ってくれ、チョークが持てなくなる」と言ったそうです。
沖縄出身の外間さんの戦争体験のお話も伺いましたが、後ほど書かせていただきます。
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沖縄師範健児の塔に、いつかいらして下さいね。時間を作って。お忙しいでしょうが。
僕は里帰りの度に立ち寄っています。
宮良英加さんを力を合わせて全国に広めて行きましょう。調べるほどの素晴らしい。博愛、平和主義の方です。今の時代に彼をどう生かしていくか。僕たちの大きな課題です。
宮良英加さんの志、信念は今も行き続けていると思います。善意の念は今生きている人たちの力となり、きっと自分の利益ばかり追求する欲望に打ち勝つものと思います。
外間さんの情熱にも感銘を受けました。
平和を追求する人たちは理想を追うほど分裂しがちですが、宮良英加さんが結びつけてくれる、というお考え、なるほどと思いました。