それはポール・エリュアールの詩でした。あらゆるものをつぎつぎ挙げて「わたしは書く きみの名を」というのです。「きみの名」とは?
最後に答えがあります。それは「自由」。
もう一度読んでみたいと思って、現代の利器、インターネットで検索すると、詩人であり訳詩者であった大島博光さんというかたのサイトに出会いました。息子さんが作っていらっしゃるサイトです。私の記憶にあった翻訳は違う方のだったかもしれませんが、今読むと、自由の意味もろくにわからなかった頃よりさらに輝いて見えます。寄寓にも、この詩は今年5月に全原稿が見つかってアップされたのだそうです。
「大島博光の詩と訳詩を読む」
「自由」
この詩はパリがナチスに占領されていたころに書かれ、市民たちに勇気と希望を与えたのだそうです。エリュアールは他にも「ゲルニカの勝利」という詩も書いていたのですね。
「よき正義(法則)」もこのサイトで知りました。
その中の一節を引用させていただきます。
水を 光に変える
夢を 現実に変える
敵を 兄弟に変える
それが 人間の優しい法則だ
すばらしい詩なのでぜひお読みになってみてください。
大島さんご本人の詩も、まだ全部は読んでいませんが、感動的です。
「自由」の原語はこちら
Liberte
エリュアール本人による朗読
You Tube
Liberte de Paul Eluard
生徒たちの朗読がすてきです。音楽も。



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ときどき、話題に取り上げていただきありがとうございます。
「10代の頃のノート」という文字を見て、私が12才くらいの頃から大学を卒業する頃までつけていた日記のことを思い出しました。
少しおませな女の子で、多感の時期に入る頃から、毎日1秒1秒がかけがいのない時であるような気きがして、日常の何気ないこと、学校での友だちとの出来事、クラブや淡い恋心や、いろいろなことをずっと書いていました。
読み直すと、首筋がむずがゆくなるような、そんな感じもありましたが。
自分の生きた証を記録しておきたい、と思っていました。
その後、生きていることはやがてすべて無に返ればいい、という気持ちと、残すことの恥ずかしさから、日記をつけることを止めました。でも書いたモノは記念に、と思って厳封して実家の物置にしまっていました。
ある日実家の父から、「おいてあった箱が白蟻にやられてボロボロだよ」と連絡を受けました。
帰省のおりに見ると、本当に・・・。
かくして、私の10代の詳細な行動の証は、きれいになくなり、なにか身軽になってしまいました。