チョムスキーというと、言語学の歴史にずっと名前が輝かしく残るに違いない天才言語学者として有名で、学生のころ、その「生成文法(でしたっけ?)」についてはちょっと習ったのですが、60年代にベトナム戦争に反対してペンタゴン前で逮捕されたりしたこともあったとは、全然知りませんでした。
少年時代、太っているといじめられていた子がおおぜいに囲まれたとき、そばに行ったものの、途中で立ち去ってしまい、どうしてずっと弱い人のそばにいなかったのかと後悔したのだそうです。これからは2度とそんなことはすまい、と心に誓ったのだそうです。
好きな仕事で成功し、結婚もして子宝に恵まれ、順風満帆だったとき、その生活を失う覚悟をしても政治的発言を始め、そのうち行動に出るようになりました。
アメリカは民主主義の国だから、言論統制などなく、皆自分で考えて行動していると思っているが、27社(当時。今はたったの5社)が大手マスコミを独占し、利潤を追求して政府や大企業のためにプロパガンダを作りだし、出演者を選ぶ基準などで自主規制をしている。(政府に都合のよい意見をいいそうな人を呼ぶ)
たとえば、東ティモールではカンボジアと同じような大虐殺が行われたが、カンボジアのことが大々的に報道されたのに対し、東ティモールのことは極端に少なかった。(新聞記事を繋いでロールペーパー状にしたもので比較してみせる)
東ティモールの人たちは自給自足で市場原理の外で暮らしていたが、インドネシアが侵略したとき国際社会はなかなか反応しなかった。やっと国連で制裁決議をしようとしたとき、アメリカは拒否権を発動。インドネシアに武器を売り続けた。(平和主義と思っていたカーター元大統領の時代)
マスコミは同じことでも味方がしたことには沈黙し、敵がしたことは大騒ぎする。
副題の、というか原題とハーマンとの共著の題名、マニュファクチャリング・コンセントとは合意を捏造するということです。国民が望まないことをするとき、マスコミを使って世論操作する、それをチョムスキーはデータをあげて明るみに出そうとしています。討論したオランダの国防相はしまいに「詭弁だ」などと言い出し、用事があるといって逃げ出して失笑をかっていました。
では、どうしたらよいのか。地域の人たちでつながる。独立メディアを作る。
どうやって真偽を見分けたらよいのかという質問に、チョムスキーは「それは自分で考えることです。私が間違っていることもありうるから」と応えます。
「また国を誇れる日がくるでしょうか」という質問には「あなたのいう『国』が政府のことなら、未来永劫ありません。どこの国でも政府は暴力的だから。私たちは先住民を殺してはいりこみました」と答えます。
ラジオやテレビの収録場面が多用されていますが、住民出資のラジオとか、独立系のテレビ、学生のテレビなどが多いです。カナダはアメリカに比べ小さな国だから放送の自由度が高いとも言っています。
9・11後にはフォックステレビなどにさんざん煽られたアメリカ人ですが、この映画(1992年に完成)では、マイクを向けられた人みなが異口同音にマスコミは偏っている、どこの放送局も同じことばかり言っている、と言っています。
チョムスキーとメディア ― マニュファクチャリング・コンセント ―
ユンカーマン監督のトークは18日に終了してしまいましたが、25日は岡崎玲子さん、3月4日には中野真紀子さんのトークがあります(両日とも10時)
この映画にはとても示唆に富むことばが詰まっていてここには書ききれません。そもそも、覚え切れていないので何度か繰り返して見たくなりました。本も出ていますが、お値段が…



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