2007年02月26日

自分のデータを提供?

 最近だいたい毎号買っている「THE BIG ISSUE ビッグイシュー日本版」はホームレスの自立を助けるだけでなく、内容も面白いのですが、ずっと気になっていた記事があります。いつか書こうと思っているうち、気がついたら何ヶ月もたってしまいました。56号(2006年9月1日)の雨宮処凛(あまみや・かりん)さんの「世界の当事者になる vol.1」です。

 雨宮さんが知人から聞いた話だそうですが、ある回転寿司チェーンでは世界中から集めた底値のネタを徹底的にコンピューターで管理された工場で工業製品のように仕分けして各店に送っているのだそうです。
天気、季節、時間帯によって人間が食べたくなるものを数値化し、その情報のもと、ネタを流すタイミングやレーンの速度を調整しているのですって!私たちの欲望はそんな画一的じゃないと思っても、店に入る人はデータどおりの行動をしているのだそうです。

「世界中から集められたネタとロボットで握られるシャリのスシを、コンピュータによってはじかれたデータどおり食べる私たちは、もはや『食べる』という行為からも当事者性を奪われている」

 欲望すらコントロールされて数値化されている社会で消費者として振舞うのに興ざめしているから自分を主人公にできる唯一の物語として残された恋愛にはまるのではないかと指摘して、では奪われた当事者性を取り戻すためには、どうすればいいのか。「怒ればいいのだ。勝手に数値化された自らの欲望を奪還し、コントロールされることに抵抗する。それがまず、当事者としての自分を取り戻す第一歩だ」と雨宮さんは書いています。




 デパートやショッピングセンターのポイントカードは、ポイントがもらえるかわりにどういう消費傾向にあるかのデータを与えることになるのですよね。 suicaとかお財布携帯とか電子マネーとか、便利になった反面、何月何日どこに行って何を買ったというデータがどこかに集積されるのって、嫌じゃありませんか?
ひとりひとりを追求するわけじゃないからいいと思います?

 住基ネットって住民票をどこででも取れるようにするためだけにわざわざ多額のお金を使ったのだと思います?なにか気味が悪くないですか?
出入国のとき指紋を登録しておくと速く手続きができるそうですが、そういう生体情報と保険など医療の情報やさまざまな情報がひとまとめにされてしまったらどうなるのでしょう?
しかも、住基ネットも出入国管理のシステムもアクセンチュアというバーミューダに籍を置く多国籍企業が落札しています。その前に、出入国管理のソフトウェア開発をたった10万円で落札しています。
インターネット新聞JANJAN
アクセンチュアをライブサーチで検索したら公式サイトと広告的なものばかりが何ページも続きました。
posted by ヘリオトロープ at 12:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月24日

『チョムスキーとメディア』を見て 追記

 前回の記事「チョムスキーとメディア」の副題「マニュファクチャリング・コンセント」とは、合意の捏造という意味で、国民が本来賛成しないことを政府がしたいとき、マスコミなどを使って世論操作することを指しています。すぐに教育基本法や裁判員制度に関するタウンミーティングで賛成意見を言うサクラが雇われたことを連想したした。電通や朝日広告など(主に電通)広告代理店が請け負っていました。

 マスコミが自主規制して偏向していることは、映画では東ティモールとカンボジアの例で見せていますが、ハーマンとの共著にはもっといろいろ詳しく書いてあるようです。
日本でも9・11選挙の前に森田実さんや内橋克人さんのような反対派の評論家がマスコミから閉め出されたりしました。編集するとき途中で切られてしまったり、発言しようとするとコマーシャルになってしまうことがあったそうです。

 そういうことは、政府が検閲しているわけでなくても、大手マスコミのシステムとして起きてしまうとチョムスキーは指摘しています。

 映画ではアメリカでは23の会社がマスコミを支配していると言っていますが今では5社、他のところで読んだのですが、すべてロックフェラー系だそうです。ロックフェラーは武器の会社も持っています。フランスでもマスコミの半数は武器の会社を含むいくつかの産業・金融グループが持っているというので、対抗するためにル・モンドと読者・編集部が半分ずつ出資するル・モンド・ディプロマティックが作られたそうです。
ル・モンド・ディプロマティック日本語・電子版

 日本ではいじめ、一部の教師の不祥事や日教組のマイナスキャンペーンなどが騒がれ、少年犯罪は昔に比べ増えていないのに報道が増えたりしているところに、「教育改革」といえば、常識人はきっとよい方に改革してくれるのだと思ってしまいます。

「20パーセントのエリート層には選んだ情報を注入し、他の大衆は何も考えずついてくればよいのだと政府は考えている」というチョムスキーは過激でしょうか?
スポーツも他のことを考えるべき時間をとっている、とチョムスキーは批判していますが、スポーツ観戦が全部いけないといいたいのでなく、そればかりではいけない、ということでしょう。実際、自分たちの運命が変ってしまうかもしれないような法案が出ているときにテレビはワールドカップばかり、ということがありました。そんなときにすっかり気をとられてしまわないよう、心しておかなくては。
posted by ヘリオトロープ at 21:30| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

チョムスキーとメディア

 渋谷ユーロスペースにて「チョムスキーとメディア」を見ました。ユーロスペースはずっと行っていなかったのですが、場所がかわってきれいになったのですね。椅子がふかふかしていました。途中5分間の休憩をはさんで、約3時間の長丁場ですが(けっこう長い予告も入れて)、飽きることもなく、チョムスキーのひとことひとこと、思わず肯いてしまうようなことばかりでした。

 チョムスキーというと、言語学の歴史にずっと名前が輝かしく残るに違いない天才言語学者として有名で、学生のころ、その「生成文法(でしたっけ?)」についてはちょっと習ったのですが、60年代にベトナム戦争に反対してペンタゴン前で逮捕されたりしたこともあったとは、全然知りませんでした。

 少年時代、太っているといじめられていた子がおおぜいに囲まれたとき、そばに行ったものの、途中で立ち去ってしまい、どうしてずっと弱い人のそばにいなかったのかと後悔したのだそうです。これからは2度とそんなことはすまい、と心に誓ったのだそうです。
好きな仕事で成功し、結婚もして子宝に恵まれ、順風満帆だったとき、その生活を失う覚悟をしても政治的発言を始め、そのうち行動に出るようになりました。

 アメリカは民主主義の国だから、言論統制などなく、皆自分で考えて行動していると思っているが、27社(当時。今はたったの5社)が大手マスコミを独占し、利潤を追求して政府や大企業のためにプロパガンダを作りだし、出演者を選ぶ基準などで自主規制をしている。(政府に都合のよい意見をいいそうな人を呼ぶ)

 たとえば、東ティモールではカンボジアと同じような大虐殺が行われたが、カンボジアのことが大々的に報道されたのに対し、東ティモールのことは極端に少なかった。(新聞記事を繋いでロールペーパー状にしたもので比較してみせる)
東ティモールの人たちは自給自足で市場原理の外で暮らしていたが、インドネシアが侵略したとき国際社会はなかなか反応しなかった。やっと国連で制裁決議をしようとしたとき、アメリカは拒否権を発動。インドネシアに武器を売り続けた。(平和主義と思っていたカーター元大統領の時代)
マスコミは同じことでも味方がしたことには沈黙し、敵がしたことは大騒ぎする。

 副題の、というか原題とハーマンとの共著の題名、マニュファクチャリング・コンセントとは合意を捏造するということです。国民が望まないことをするとき、マスコミを使って世論操作する、それをチョムスキーはデータをあげて明るみに出そうとしています。討論したオランダの国防相はしまいに「詭弁だ」などと言い出し、用事があるといって逃げ出して失笑をかっていました。

 では、どうしたらよいのか。地域の人たちでつながる。独立メディアを作る。
どうやって真偽を見分けたらよいのかという質問に、チョムスキーは「それは自分で考えることです。私が間違っていることもありうるから」と応えます。
「また国を誇れる日がくるでしょうか」という質問には「あなたのいう『国』が政府のことなら、未来永劫ありません。どこの国でも政府は暴力的だから。私たちは先住民を殺してはいりこみました」と答えます。

 ラジオやテレビの収録場面が多用されていますが、住民出資のラジオとか、独立系のテレビ、学生のテレビなどが多いです。カナダはアメリカに比べ小さな国だから放送の自由度が高いとも言っています。

 9・11後にはフォックステレビなどにさんざん煽られたアメリカ人ですが、この映画(1992年に完成)では、マイクを向けられた人みなが異口同音にマスコミは偏っている、どこの放送局も同じことばかり言っている、と言っています。

チョムスキーとメディア ― マニュファクチャリング・コンセント ―

ユンカーマン監督のトークは18日に終了してしまいましたが、25日は岡崎玲子さん、3月4日には中野真紀子さんのトークがあります(両日とも10時)


 この映画にはとても示唆に富むことばが詰まっていてここには書ききれません。そもそも、覚え切れていないので何度か繰り返して見たくなりました。本も出ていますが、お値段が…
posted by ヘリオトロープ at 21:25| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月21日

「不都合な真実」

 「不都合な真実」を見ました。ご存知ゴアさんのグラフや映像を見せながらの講演と、ゴアさんの素顔など(なぜどのように環境にかかわるようになったかなど)で構成されています。

 学生のときの恩師が二酸化炭素の量がこのまま増えていくと地球がどうなるか予測していて、実際そのとおりになっていること、議員になって環境問題に取り組んだが政権が変わると方針も変わってしまうことや、大統領選でいったんは勝利したとされたのに結局ブッシュが当選し落胆したが、ご子息が事故で九死に一生を得るという体験をして、一層熱心に環境問題に取り組むことを自分の道だと思ったことなどをおりまぜながら、南極の氷が崩れ落ちる様子などの迫力ある映像が目の前に映し出されます。

 二酸化炭素が温暖化の原因ではないという人がいますが、二酸化炭素の量と平均気温のグラフはきれいに同じ形をしています。そして、この数年で突出しています。気温の変化も自然のリズムという説が間違っていることがわかりますし、加速度がついていることもわかります。

 氷は太陽の熱を反射するが水は吸収してしまうので、氷が溶けるということは水温があがるということで、海流などにも変化が起きることになるそうですし、温暖化が進むと地表の水分がたくさん蒸発して旱魃が起きると一方で大雨が降る。現在すでにオーストラリアは旱魃で農家が苦しんでいますし、最近雨がしとしと降ることよりどしゃぶりになることが多いのが肯けます。
当然生態系にも影響があります。

 中国の大学での講演でも若い人たちが熱心に耳を傾け質問し拍手を贈っていたのがちょっと救いです。

 「景気より環境が大事だなんて」と嘲笑していたレーガンやパパブッシュや共和党員たちは自分の孫やひ孫たちにどんな世界を残すつもりだったのでしょう。

 天秤の片方には金の延べ棒が積んであり、もう一方には地球、という図を示し、どちらを選びますか?というところがありました。でも、この設定は根本的におかしい、なぜなら地球がなければ金もないから、とゴアさんは言っていました。

 グリーンランドの氷がとけたら水位が上がり、9・11の慰霊碑が建つところも沈んでしまう。戦う相手はテロだけではない、とも。
戦争は最たる環境破壊ですよね。軍産複合体も目先の利益を追って自分たちのクビを締めることに気付かないのでしょうか。

 ぜひ多くのかたにこの映画をご覧いただき、どうしたら地球を壊さない生活ができるか考えていただきたいと思います。

「不都合な真実」公式サイト

 映画には登場しませんでしたが、ドイツのFOCUSという雑誌(安倍首相はナチスのシュペアみたいと書いていた)のサイトに、日本の原発はほとんどが水辺に建っているので温暖化により水位が上がったり水害が増えると困ったことになる、と書いてありました。
posted by ヘリオトロープ at 23:12| Comment(0) | TrackBack(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月19日

BBCのアンケート

 BBCワールドサービス実施の世界27カ国でのアンケート調査によると、イスラムと西側の緊張の原因は宗教や文化が原因と考える人は29パーセント、そうではなく、政治と利権が原因だと考える人が52パーセントだったそうです。
グローバル・スキャンのサイト

 グローバル・スキャン社のダグ・ミラー氏は、一番の発見は、世界の多くの人が、イスラム、西洋双方の、不寛容な少数派が悪いと考えていることだと述べています。


 同じ会社のサイトに載っているBBCワールドサービスによる、25カ国26000人を対象にしたアンケートでは、アメリカがイラクに22500人を追加派兵することに75パーセントの人が評価しないと答えています。

アメリカの役割に対する評価はますます悪く

 アメリカがよい影響を与えていると考える人は2005年の調査のときより大幅に減り、悪影響を与えていると考える人が増えています。

 アメリカ軍が中東にいることが紛争を防ぐより引き起こしていると考える人は、68パーセント、安定させていると考える人は17パーセント(25カ国の平均値)です。
posted by ヘリオトロープ at 13:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ペットボトルはほとんどリサイクルされないって知ってました?

 またしてもラジオで偶然聞いたことです。
ペットボトルは資源ごみとして分別して出していますが、資源として再利用されるのはわずか3パーセントなのだそうです。残りの97パーセントは結局燃やされるのですって。ペットボトルから作った繊維が話題になったことがありますが、作るときに石油を使う上、コストが3,5倍もかかるので、競争の激しい業界でそんな高い原料を買うところはなかなかないのだそうです。

 再生紙も、森林を護ることにはならないのだそうです。パルプ用の木は北の方の国でその目的で管理され育てられているそうですが、紙が再生されるようになって売れなくなり、そのまま捨てているのですって。森林が減るのは宅地造成や南の方での焼畑農業などが原因なので、再生紙を使っても使わなくても関係ないとのこと。

 そもそもペットボトルの分別収集に賛成したのはメーカーで、環境団体は反対していたのだそうです。リサイクルするというと、消費者が安心して消費が増えてしまうから。そしてそのとおりになってしまいました。

 電力も代替エネルギーがどうこうというより、消費を減らすしか温暖化を留めることはできないと聞いたばかりですが、ペットボトルもなるべく買わないようにするしかないのですね。
紙も環境を考えるなら、使い捨ての方がましだとか。
近松なんかにも、主人公のちり紙の使いかたが最近派手になって、みたいな文があったと思います。昔の人は紙も大切に使っていたことがわかります。
posted by ヘリオトロープ at 13:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月16日

カール・ポランニー「経済の文明史」より

 「経済の文明史」(ちくま学芸文庫)はカール・ポランニーの10編の論文を「第1部 市場社会とは何か」「第2部」現代社会の病理」「第3部 非市場社会をふりかえる」として1冊にまとめたものです。
  
 最初のひとつを読みましたが、1940年代に書かれたとはいえ、少しも古びていず、今日本で、世界で起きていることの本質はここにあるのだと思いました。

 現代以前には市場は自給自足を補う付録のようなものであり、現代のような市場社会は特殊なものだとポランニーは書いています。

 たとえば、封建時代には土地は封建制の土台であったし、ギルド制においては、賃金は規則で決まっていました。けれども自己調整的市場では、社会の経済的領域と政治的領域が分離します。経済が分立するのです。
「市場経済とは市場によってのみ制御され、規制され、方向付けられる経済システムであり、財の生産と分配の秩序はこの自己調整的なメカニズムにゆだねられる…市場の形成を阻止するものがけっしてあってはならないし、所得は販売以外の方法で形成されてもいけない」
このような制度は社会がその要請にある程度従属しないかぎりありえない、つまり市場経済は市場社会においてしか存続できません。
(「小さな政府」「規制緩和」とはこのことなんですね)

 市場には産業のすべての要因が含まれるので、産業の重要な要因である労働、土地、貨幣も含まれてしまいます。労働は生活それ自体に伴う人間活動の別名であり、販売のために生産されるのではなく、まったく別の理由のために作り出されるものです。土地は自然の別名でしかなく、人間によって作り出されるものではありません。貨幣は購買力を示す代用物にすぎず、生産されるものでなく、金融または国家財政のメカニズムをとおして出てくるものです。これらはいずれも販売のために生産されるのでないので、これらを商品とするのは、擬制(フィクション)なのです。

 ポランニーは市場メカニズムが人間の運命とその自然環境の唯一の支配者となることを許せば、それどころか、購買力の量と用途の支配者になることを許すだけでも社会の倒壊を招くだろうと警告しています。
「なぜなら、商品とされる『労働力』は、この特殊な商品の担い手となっている人間個人に影響を及ぼさずには、これを動かしたり、みさかいなく使ったり、また、使わないままにしておいたりすることさえできないからである。このシステムは、一人の人間の労働力を使うとき、正札に付着している一個の肉体的、心理的、道徳的実在としての『人間』をも意のままに使うことになるであろう。(中略)自然は個々の要素に還元されて、近隣や景観はダメにされ、河川は汚染され、軍事的安全は脅かされ、食料、原料を生み出す力は破壊されるであろう。(中略)たしかに、労働市場、土地市場、貨幣市場は市場経済にとって本質的なものであることは間違いない。しかし、ビジネスの組織だけでなく、社会の人間的、自然的実態が、粗暴な擬制のシステムという悪魔の碾き臼の破壊力から保護されなければ、いかなる社会も、そのような粗暴な擬制のシステムの力に一時たりとも耐えることはできないであろう。」

 アメリカのような格差社会ほど犯罪が多いことや第3世界の飢餓を見ると、粗暴な擬制のシステム(すべてが市場原理により動く社会)により、人間は悪徳、倒錯、犯罪、飢餓などの社会的混乱の擬制になって死滅するだろうというポランニーの警告が正しいのだと思わずにはいられません。そして「小さな政府」は勝ち組の大企業に仕えて、社会福祉などを切り捨て、ホワイトカラーエクゼンプションやら共謀罪(テロなんとか法と名前が変わっても中身は変わりませんよ)など作ろうとしているように思えます。

posted by ヘリオトロープ at 23:36| Comment(2) | TrackBack(5) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月11日

共済も狙われている

 あいかわらず大手マスコミはとりあげませんが、政府がアメリカの年次改革要望書に沿って法改正などを行ってきたことはだいぶ知られてきました。

ウィキペディア

 郵政民営化もその中のひとつですが、2006年12月にも「年次委員会改革要望書」は出されており、その中には「共済:民間の保険会社と同様の義務を保険を提供する組合(共済)に課すために新たな措置をとることで、民間企業と共済との間に公平な競争環境を担保するという現行の取り組みをさらに進める」とあります。

 小林興起氏は著書「主権在米経済」(光文社)の中で、「改正保険業法」や簡保解体と同様、共済も市場原理の中に投げ込まれ、外資に買い叩かれると指摘しています。その上、日本人の個人情報がアメリカに筒抜けになると警告しています。(住基ネットなどもアクセンチュアという多国籍企業が落札していますが大丈夫でしょうか?)

アメリカ大使館公式サイトの「年次改革要望書」
tokyo.usembassy.gov/pdfs/wwwfj-20061205-regref.pdf

pdfのリンクのしかたがわからないのでコピーペーストでご覧ください。

 生協法改正案が国会に提出されそうだということですが、その中に「共済事業の兼業禁止」があると知って「きたか」と思いました。


 年次改革要望書には他に残留農薬基準強化対策によって貿易が制限されることがないように、とか、栄養補助食品に使用可能な添加物や溶剤のリストを拡大するようにとか、司法制度改革とか、気になることがいろいろあります。

本山美彦教授の「売られ続ける日本、買い漁るアメリカ」についてはこちらのブログにわかりやすく書いてあります。
―灼熱―

 関岡英之著「奪われた日本」によると、日本のほうからも要望を出してはいるが、しょうもない要求だったり、あるいは「配慮する」で片付けられていることが多いようです。
posted by ヘリオトロープ at 15:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月08日

わかってないなあ

ラジオでちょっとだけ聞いたのですが、昨日の国会で柳沢厚労省大臣は何を質問されても「表現が不適切でした」の一点張り、本当は何を言いたかったのかとか、どういう表現なら適切なのかなどの説明も一切なしだったそうです。猪口元少子化対策大臣が「様子を見ていると心が痛む」などというと、与党議員は拍手したり、「言葉狩りだ」などと言い出す始末で、何も反省してもいなければ、国民が何を怒っているのかちっともわかっていない、わかろうともしていない様子。

 決して忘れず「おごれるもの久しからず」ということを次の選挙で示しましょう。表現がどうこうでなく、内容、価値観が問題なので、他の表現ならよいわけではないのです。不適切なのは表現でなく、あなたたちだと、選挙で思い知らせたいですね。
posted by ヘリオトロープ at 12:49| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月04日

人間が人間であること

 まだ訳者の解題にざっと目を通しただけの「経済の文明史」。著者はハンガリーの経済学者カール・ポランニーです。70年代に栗本慎一郎氏が紹介してちょっとブームになったそうなのですが、そのころは知りませんでした。ダーウィニズムの影響で弱肉強食の市場原理は自然の理にかなった人間本来のものなのだという考えに対抗する思想だというので、読んでみたくなりました。

 最初に書いたとおり、内容はまだ読んでいませんが、巻頭の訳者による解題を読んでふと思ったのは、人間だけのものではない土地、人生の重要な部分を占める労働、そういうものが商品として市場に載せられ、それなしでは誰も生きられない食料が投機の対象になる、そういうこと自体が間違っているのではないか、ということです。右とか左とかいう以前に。

 柳沢大臣は、ヒンシュクをかった「産む機械」発言の折、たしか経済のことを考えていたとかおっしゃっていましたね。結局人間を経済の道具としてしか考えていないということではないでしょうか。「機械」ということばを訂正し、謝罪しただけでは済まないと私たちが感じる理由はそのあたりにありそうです。
posted by ヘリオトロープ at 16:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。