2008年10月13日

あの戦場体験を語り継ぐ集い

 ご報告が遅れましたが、9月28日、日比谷公会堂で開催された「あの戦場体験を語り継ぐ集い」を少しだけですが聞いて参りました。

 一部ですが、掲載させていただきます。

「硫黄島玉砕して父島にとり残された。幾重にも敵戦艦に囲まれて袋のねずみ。九州男児の精鋭部隊も装備の違いには勝てなかった」

「司令官が台湾に逃亡したため、バリ島山中にはいった。軍靴を飯ごうで炊いて食べる戦友がいた。ウジ虫に膿を吸わせてそのウジ虫を食べた」

「特攻隊として台湾に行き、9月に出撃予定だった。爆弾を背負ってかくれ、戦車に体当たりする訓練もした。仲間が特攻により米戦艦を撃沈。赤とんぼという練習機だったので、練習機ではない飛行機でやらせてほしいと願った。あとに続くところだったが終戦になった。戦友達は出撃となると死にたくないので青菜に塩のようになった。いざ出撃となると生き生きとなって『あとから来いよ』と言ったが、今度は残された人が青菜に塩だった。亡き友の青ざめた顔が忘れられない」

「八路軍との戦いで弾が腰を貫通した。自爆を考えたが、母の幻に導かれて、手招きされて山の稜線に沿って逃げおおせた」

「スマトラ、パレンバンに落下傘部隊として降下して占領に成功。その後特攻隊になるべく命令を受けた。戦局の推移と悲惨さを見てきた身にはいまさら特攻隊と言われてもむなしさを感じるばかりだった。それまでだって特攻隊も同然だったではないか。戦友の平安のためにと戦ってきたが、特攻隊ひとりの死は数万の戦友への死に繋がっていく。攻撃は、勝つ見込みがないのに行かせる軍部に向けるべきと考えて脱走を決意した。母のことだけが気になったが、ある日絶好の機会がきた。」

「フィリピン、ルソン島生まれ。現地召集で両親兄弟ら5人亡くした。戦前家族は平和にマニラで暮らしていたが、フィリピン軍に連行された。日本軍が進軍して解放されて家に帰ると略奪されていた。婦女子は船で帰国しようとしたが、米軍の爆撃にしかたなくルソン島に戻り逃亡生活になった。すでにレイテ湾に米軍がいて、古参兵は戦死。大西中尉が特攻作戦を考え、700名の命が失われた。マニラでたてこもったが、武器もなく、焼け野原に。毎日仲間が餓死した。邦人が爆撃により死んで木の枝に手足がひっかかっていた。
傷病兵は一緒に連れて行ってくれと泣いて頼んでいたが、衛生兵が注射を打って針金で縛って埋めてしまった。」

「マレー侵攻、シンガポールを経て昭和19年パラオに。シンガポールは勝った。ジャワからオーストラリアに入ろうという作戦に従ったが、もうだめだと思ったことが3回あった。最後は大爆撃。すぐそばに爆弾が落ち、『お母さん』の声が耳にはいった。」


 これは、証言の一部ですし、聞き間違いなどがあるかもしれません。戦場を体験したかたたちも、少年兵だった最年少のかたで、80歳。生きているうちに語り残したいと待機しているかたがまだまだいらっしゃるそうです。戦争の記憶が消えて同じ間違いを犯すことのないよう、証言をビデオに撮って資料館に集めておこうという、この運動にご賛同くださる方は、

戦場体験放映保存の会

をご覧ください。年会費1000円です。

戦場体験放映保存の会ブログ

今回とは違うかたの証言ですが、貴重な証言の動画は下記でご覧になれます。

世論力テレビ


去年の集いで聞いた証言はこちら

posted by ヘリオトロープ at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月10日

「原爆の秘密 国外篇」

「原爆の秘密 [国外篇] 殺人兵器と狂気の錬金術」 鬼塚英明著 成甲書房 を読みました。
原爆を落とされた広島・長崎の悲惨さ、原爆の恐ろしさについては、読んだり聞いたりする機会がありましたが、どういう人たちがどんなつもりで作ったのかとなると、自分の専門分野のことしか考えない専門ばかの科学者が発明したのだろうぐらいにしか考えたことがありませんでした。また、アメリカが広島にウラン、長崎にプルトニウムの原爆を落とし、被爆者の検査だけして治療はまるでしなかったことを見ると、日本人で実験したのではないかと漠然と感じていましたが、それ以上のことは考えたことがありませんでした。

 この本の著者鬼塚氏は、「どうしてアメリカは日本に原爆をおとしたのであろうか」と考えて資料を読みあさっているうちに、私たち日本人はだまされてきたのだと確信するようになりました。広島・長崎の悲劇を繰り返さないため、綿湿地は現実を直視しなければならないと、鬼塚氏は訴えています。

 詳細や論拠は本を読んでいただくとして、衝撃的なのは、最初原爆を開発しようとしていたヒットラーに対抗して作ろうということだったのが、ヒットラーは途中であきらめ、原爆を作ること自体が目標になり、その際原爆カルテルともいうべきものが浮上したこと。ウラン235によるリトルボーイはロックフェラー・メロン財閥が作り、プルトニウムによるファットマンはモルガン・デュポン(ロスチャイルド系)が作り、プルトニウム型の完成が遅れたのでそれを待つために、ポツダム会議が延期されたこと。当時すでにカナダでもウランが採掘されていたにもかかわらず、ロスチャイルドの分家ランベール家が大きな影響力を持つベルギー領(当時)コンゴのウランを使うようアインシュタインがルーズベルトに勧める書簡を書いている(実際はサインしただけ)こと。

 日本がすでに終戦工作をしていたにもかかわらず、原爆投下は決まったこととして、進められ、ウラン、プルトニウムの両方を落とすために、終戦が引き延ばされたと著者は見ています。また、イギリス留学中に実家が破産してウォーバーグ財団の援助を受け、岳父が貞明皇太后と密接な関わりを持っていた白州次郎を介して、皇室と皇太后の周囲にいたヨハンセングループと言われる吉田茂らに情報が渡っていたと思われます。鬼塚氏は、アメリカが天皇制の存続を条件に、ポツダム宣言を「無視する」とのことばを天皇に言わせたと見ています。少なくとも天皇は事前に知っていたのです。

 鬼塚氏は、ルーズヴェルトは原爆を落とす前に日本に警告するべきと主張したので、殺されたのではないかと推理しています。次の大統領に成ったトルーマンも繰り人形に過ぎず、実際に指揮をとっていたのはスティムソン陸軍長官でした。スティムソンはエール大学でスカルアンドボーンズという組織(ジョージ・ブッシュや大統領候補だったケリーも入会していた)の会員で、ロスチャイルドのザ・オーダー(国際金融寡頭勢力)の中枢にはいっていた人物とのことです。

 マンハッタン計画の資料によれば、そのスティムソンが討議すべき問題として挙げているのは、「現在における」ではなく、「将来に置ける」兵器や国際競争です。ウォール街の利益のため、ザ・オーダーのために戦争を長引かせたのだという著者の主張が納得できる気がします。

 つまり、湯水のように税を投入したマンハッタン計画の効果を国民に見せるため、スペクタクルが必要だった。実際投下すると非難の声が上がり始めたので、犠牲者を減らすために必要だったと宣伝し始めた。もちろん投入された資金は原爆カルテルの懐に入り、それ以降も原爆産業として成立していったわけです。また、ソ連に見せつける効果もありました。

 ヒットラーもやらせだったということです。ご存知のようにヒットラーは最初選挙で国民に選ばれたのですが、その資金は銀行家達が提供し、ハンブルク・アメリカン・ライン(ドイツのユダヤ財閥の最高位に位置するマックス・ウォーバーグとアメリカのハリマン財閥が共同経営する当時世界一の汽船会社)が、ナチを押さえて憲法を守ろうとしたドイツ政府に反対するキャンペーンに資金を投入したのだそうです。
また、ロックフェラー系のスタンダード石油から資金を与えられて設立されたハンブル石油社はナチスに石油を送り続け、ハンブル石油社と英国王室は、ロンドン爆撃で使われるナチスの飛行機の燃料として使われるガソリンに対して、特許使用量をナチスから徴収していました。
ヒットラーはベルギーを占領して国民を殺しましたが、王室と金融は大切にし、ロスチャイルドの分家ランベール家が支配するソシエテ・ジェネラルは戦後すぐ5%もの配当を出しているのだそうです。

 日本に2発以上の原爆を落とす計画がうまく行くためには、天皇がポツダム宣言をその前に受諾しては困るので、国内にも協力する勢力があったはず、ということで、「原爆の秘密 国内篇」に続きます。

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2008年08月07日

いのちと放射能

 柳澤桂子著「いのちと放射能」(ちくま文庫)を読みました。
柳澤さんは、学者として原子量の人体におよぼす影響を良く知っていたのに、原子力発電のおそろしさについては無知だったと、慄然として、これからでも遅くないと信じてこの本を著したのだそうです。最初に出版されたのは昭和63年、文庫版は2007年です。

 宇宙の始まり、星の誕生、十億年後の最初の命の誕生…地球ができてからの45億年を一週間に縮めると、人間の歴史はたった3分間の歴史しか持っていません。
私たちが息をして、食べ物を消化してそのエネルギーを使って動けるのはDNAにその方法が書かれているからです。

 私たちの身体は60兆個の細胞でできていて、ひとつの細胞にあるDNAはのばしてみると1メートルになるのだそうです。46本にきれてらせん状に巻かれ、そのらせんがさらにらせん状に巻かれて染色体になっています。

 私たちのひとつの細胞にあるDNAはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4種類の分子が繰り返し連し30億個連なってできています。
ひとつのタンパク質は数百から千のアミノ酸からなっていますが、アミノ酸の並び順を決めているのがDNAです。アミノ酸の並び順が細胞の中の化学反応を制御しています。
DNAは卵や精子を通して子孫に伝えられます。

 放射能が身体の細胞の原子にあたると、その原子からは電子が大きなエネルギーを持って飛び出し、飛び出した電子は行く先々で無数の分子にぶつかって、自分の持っているエネルギーを分けて行きます。エネルギーを受け取った分子は興奮状態になったり、電子が飛び出したりします。電子を失った原子を電離原子といい、放射能の栄光のほとんどは、身体の中に生じた電離原子による化学反応の結果引き起こされます。

 短時間に6シーベルトの放射能を浴びると人は死んでしまいますが、0、25シーベルト以下で目に見える変化がなくても身体のなかで有害な変化が起きています。放射能によってDNAに起きた間違いはそのままコピーされて行きます。さかんに分裂している細胞ほど放射能に弱いということなので、子どもの方が影響を受けやすく、おとなでも、骨髄、胃や腸の内壁、精子を作る細胞、髪の毛の根元などさかんに増える細胞が影響を受けやすいそうです。
ガン、鎌形赤血球貧血症、奇形児の原因になります。

 自然界にも放射能が年間0,0005シーベルトほどありますが、このような数字でも、一部のガンの原因になっていると考えられているそうです。ある程度DNAの傷を治す能力が備わっていても、高濃度の人工的な放射線には間に合いません。
放射能の本当の恐ろしさは、突然変異の蓄積にあるということです。子々孫々伝えられて行くのです。

 ひとりが1年間使う電気を原子力発電で生産するため出る放射能のごみを、まあまあ安全といえるところまで水で薄めようとすると、100万トンの水が必要になります。1000年たっても1000トン、100万年たっても10トン。

 私たちは何を本当に必要としているのか、そんなに電気を使う必要があるのか、何が人の世に大切なのかを考え直すべきと、柳澤さんは提言しています。

 2007年文庫版のあとがきによると、志賀原発の制御棒事故があきらかにされてから明らかになった事故、不正(公表されなかったなど)は、日本中で89件もあるそうです。東電では事故隠しは一切しないと誓ったあと隠していました。

 原発では公衆の被爆は年間0、05ミリシーベルト以下と決められているのに、六ヶ所村では、「合理的な達成できるかぎり低い」としか決められていないのだそうです。そして、六ヶ所村の再処理施設が大気に放出するクリプト185は、自然状態の5万倍、海洋へも年間3億3000万ミリシーベルト(4万7千人分の傾向摂取致死量)垂れ流されます。

 高速増殖炉もんじゅは6千億円かけて建設され、冷却ナトリウムの維持などのために年間百億円かかっているそうです。


参考
原子力は地球温暖化に貢献しない

ラベル:原発 放射能
posted by ヘリオトロープ at 22:59| Comment(0) | TrackBack(7) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月25日

NHKはプロパガンダを流すのなら受信料はとるべきではないのでは?

 ザッピングしていて、通りすがりにたまたまちらっと見たNHK、ちょうど乾燥に強い遺伝子をイネに組み込む研究をしている研究所が映っていて、日本で開発された収穫量の多い小麦が飢餓を救って「緑の革命と呼ばれ賞賛されました」というようなこと(少し違ったかもしれませんが、よいことずくめのような言い方)を言っていました。けれども、この前、「これでは緑の革命の二の舞になってしまいます」という言葉を聞いたばかりだったので、検索してみました。

 やはり「緑の革命」には問題がありました。大量の水と肥料を必要とするために、環境に与える影響、農家に与える影響は看過ごせません。また、一時的に収穫量が増えても、その後落ち込んだ地域もあります。ロックフェラー財団やゲイツ財団が資金を提供しています。

緑の革命

ウガンダ:“アフリカ緑の革命”の実態あらわに


 この前は、種の多様性を脅かさす遺伝子組み換えの危険性や、密輸や、禁止されている遺伝子組み換え植物を勝手に植えて既成事実を作ってしまうモンサント社の悪徳ぶりを暴いたドキュメンタリーを放映したまではよかったものの、解説委員が登場して、「遺伝子組み換えは食料危機を救う技術でもあります」などと言ったのには、何を見ていたのかと驚きました。

posted by ヘリオトロープ at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

守られない五輪の約束

 新聞でお読みになったかたもいらっしゃるかと思いますが、中国政府はオリンピックに向けて人権状況を改善すると公約したにもかかわらず、かえって締め付けを強めています。

 21日土曜日、西新宿ハーモニック・ホールにて、アムネスティ・インターナショナル主催「守られない五輪の約束 弾圧される中国人ジャーナリストたち 〜獄中作家委員会・張裕さんを招いて〜」を聞きました。

アムネスティ・インターナショナル

 張裕さんは現在スウェーデン在住で、ペンクラブに加盟し、獄中作家委員会の事務局長をつとめていらっしゃいます。また、Yahoo!が個人情報を提供したことによって逮捕され、10年の懲役刑を受けたジャーナリスト、師濤さんの海外代理人もなさっています。

 張裕さんによりますと、中国では、インターネットに政府批判などを書いたために逮捕される人の数は減っているけれども、それは、言論の自由が増したからではないのです。

 各サイトに30分に一回くらいインターネット警察が巡回してくるのだそうです。一見かわいらしげなキャラクターですが、四川省大地震後には、大企業はもっと寄付をすればいいのになどとチャットしているところに出現して「低俗な話題に気をつけようね」などと吹き出しに台詞が出たのだそうです。
キャラクターはこちらウィキペディアのサイトでご覧になれます。

 批判的なことを書くブロガーは逮捕される前に警告を受けるので、次第に自己検閲するようになっている、それゆえ、逮捕者の数は減っているということです。

 私たちに何ができるかというと、中国政府に要請したり、福田さんに中国に要請するよう頼んでほしいとのことです。 
師濤さんの待遇は少し良くなったそうで、それは、国際世論のおかげなのだそうです。体調が良くないので、医療を受けられるよう要請してほしいとのことでした。

 質疑応答の時間に出た話で気になったことがあります。日本では、子どもを保護するためにと、ネット規制の法律を作ろうとしていますが、ベトナムではポルノ規制ということで規制が始まったけれども、今ではポルノは無関係になって政治的な内容が規制されているのだそうです。民間の第三者機関といっても、やらせタウンミーティングや御用学者の委員会などと同じことにならないか、気になります。

ご参照ください。
情報流通促進計画

posted by ヘリオトロープ at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月14日

ボーンフリーアートスクール

 大変遅くなりましたが、前回の日記に続き、9条世界会議では、インドから来日したボーンフリーアートスクールのジョン・デバラシさんのお話を聞きました。

 ボーンフリーアートスクールはNGOではなく、個人の運動であり、率いるのは子ども達と若者、ということです。児童労働から解放された子どもたちが、苦しんでいる子ども達を解放することをミッションとしています。世界には2億4600万人の児童労働者がいますが、その50パーセント以上がインドにいます。元児童労働をしていた子ども達はこのアートスクールで芸術をとおして失われた子ども時代を取り戻し、学校に戻ります。子ども達はそこで音楽や美術の才能を開花させています。

 会場ではドキュメンタリー「歴史の旅 働く子ども達の歴史を探る」の短縮版が上映されました。

 元児童労働者の子ども達が手に手にカメラを持って自転車で出発します。写されたのは

 インドではポピュラーなお米のお菓子マンダキの工場。古チューブを燃やしてお米を炊いているのですが、そこで働いていて、大釜に落ちて大やけどを負ってなくなった子がいます。決して珍しいことではなく、記録に載らない事故が起きているようです。

 マンガン採掘場で粉まみれになって石を砕く幼児。ラップトップや携帯に遣われているそうです。

 7歳で結婚している子。

 1日にバラを1万本切る子ども。日本にも輸出されています。安売りのバラはこれのようです。

 カレーに欠かせないターメリックや唐辛子の収穫にも子ども達が働いています。

 親がヤギをもらうかわりに年季奉公で山羊番をしている子ども達。

 なぜ子どもが使われるかと言えば、おとなより安いからです。5分の1の賃金だったりします。学校に行くことも遊ぶこともできず、長時間労働を黙々とさせられています。
デバラシさんは、これらは、欲深いおとながこどもにしかけるテロ、内線だと言います。

 また、児童労働は戦争と直接関わっている、と言います。インドでは軍事費が8300億ルピーであるのに対し、教育費は1830億ルピー、子ども一人につき年間たった277ルピー(748円)ということです。デバラシさんは、軍事費を減らして教育にまわしてほしい、憲法9条をインドの憲法に取り入れるよう働きかける、と話していました。インドにとって、パキスタンとの関係が平和に重要なので、子ども達はパキスタンを訪問する予定とのことでした。

 携帯やコンピューターを使うとき、恋人にロマンチックなバラを贈るとき、私たちを思い出して、という働く子ども達が印象に残っています。

 
関連サイト

働く子どもの「遺産と伝説』キャンペーン

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2008年05月07日

9条世界会議

 ご報告が遅くなりましたが、5日に幕張メッセの9条世界会議に行ってまいりました。出遅れてお昼近くに到着したところ、当日券はとっくに売り切れていました。あきらめて帰ろうとしたら、知り合いのかたにお会いして、余分なチケットをお持ちということだったので、入ることができました。前日は一万数千人が来場して、3千人もはいれないかたがいらしたそうです。

 いろいろな団体のブースを少し見てから、時間的にちょうどよいので『戦争をしない国 日本」という映画を見に行きました。ダイジェスト版です。はじめに監督のお話がありましたが、前日NHKのニュースでは、さすがに無視はできなかったのだろうが、ノーベル平和賞受賞者が参加して平和について考える会が開かれました、という言い方をして、9条世界会議の名は言わなかったということでした。


 平和憲法が制定されてわずか2年後、アメリカは日本に自分たちと一緒に戦う軍隊を持たせる方針に転換したものの、憲法とポツダム条約によって不可能だったため、まず治安を守るためと称して警察予備隊をつくらせました。

 1948年アメリカ国防総省により、日本の限定的再軍備計画が作られました。その中には次のようなことばが書かれています。

『戦略的な位置にある日本本土を米国が支配することは、共産主義の膨張に対抗し、われわれの戦争計画を達成するにも欠かすことはできない」
「日本の軍隊の創設は、米国の限られた人的資源の効率的活用をもたらすものとして、望ましい。」
「…そうした軍隊は米国により組織され、諸訓練を受け厳しく監督されるべきであり…」
「日本の軍備を認めるという立場から、新憲法の改正を実現するための探求を行うべきである」


そしてマッカーサーの「許可」に応えて、吉田内閣は警察予備隊を創設しました。

 『安保条約」によりかえって戦争に巻き込まれる懸念を感じた十万人もの人たちが連日国会前におしかけたのに、条約が結ばれてしまいました。そして占領時代よりたくさんの米軍基地が全国に作られました。
先頃の「米軍再編」とは、沖縄の基地の軽減というより、日本全土が沖縄化する、ということなのです。日本が、「不安定な弧」と呼ばれる中東にかけての広い地域に出動する基地にされるということで、しかも、費用は日本が持たされるのだそうです。上に引用したアメリカの計画がちゃくちゃくと進められてここまで来てしまったのです。『有事」となれば、全国の港湾や道路が使われてしまうのです。「国民保護法」では、必要とあらば、個人の所有する木を切られたり、家なども使用されてしまうことになりました。本当に日本が襲われるというときなら、正当防衛でも、集団的自衛権となると、アメリカが今までどれだけ自衛を名目にした戦争をしてきたか考えるなら、非常に危険と思わざるを得ません。

映画『戦争をしない国 日本」(予告編もかなり内容が濃いです)


 映画のあと、児童労働に関する活動をしているインドのかたのお話を聞きましたが、それは次回に。
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2008年05月03日

後期高齢者医療制度の不気味さ

 後期高齢者医療制度の問題については、やっと最近広く知られるようになり、怒りを呼んで自民公明政権の支持率を下げる原因のひとつになっています。それでも制度としては悪くないなどという声も耳にしますが、そういうかたはまだまだわかっていないのではないかと思います。
 なけなしの年金からも天引きされるという金銭的な面だけが問題なのではなく、後期高齢者になると医療費の一定枠が決められてしまい、手術など高額な治療ができなくなるかもしれないのです。与党は保険料もかえって安くなる人もいると言っていますが、今のところ、というだけで、だんだんと値上げされるということです。

 高齢者がこれからどんどん増えていくので若い人の負担が大変になるから、と与党は言います。分断して対立させようという作戦でしょうか。けれども、若い人は桃の中から出てきたり木の幹から生まれたわけではないのですから、当然父母や祖父母、もしかしたら曾祖父母がいるのですよね。もし祖父母の生活がたちゆかなくなったら放っておけないでしょう。それに、同居している親族の収入が一定以上の場合、後期高齢者の収入が少なくても保険の負担率が高くなるんです。老人が払えなければ家族が払えという発想ですよね。それなら同じことではないでしょうか。それとも冷たい人間関係を推奨するというのでしょうか。

 さらに問題がありそうなのは、終末期医療の相談に対して医師に診療報酬2000円が支払われることです。
保坂展人さんのどこどこ日記「後期高齢者はやがて避けようのない死を迎える?」

 今日歯医者さんの待合室で週刊ポストの今週号を見ました。スクープとして載っているのをみてびっくりしました。終末期になったとき、人工呼吸器をつけるか?ということは、母が入院したときにも聞かれました。ところが、後期高齢者料制度では、輸液とか、栄養をいれるか、などまで聞かれる項目にはいっているのです。安楽死についての議論もまだ十分でないのに。

 身の回りの人誰に聞いても、自分は気管切開だの人工呼吸器だのはしないでほしいと答えます。私もそう思います。母の場合、本人の意思が確認できない状態だったのですが、おそらく望んでいないと判断して、気管切開はしないでもらいました。痛みもあるというので、回復の見込みがある人なら痛みも我慢する価値があるけれど、そうでないなら、苦痛が増えるだけではないかと思いましたから。でも、目の前で実際苦しそうに呼吸しているのをみると、これでよいのだろうか?という疑問を抱かずにはいられませんでした。ただでさえ、簡単なことではないのに、一律に方向を国家に決めてほしくありません。しかも、点滴をしないということは、飢え死にさせるといことではないですか?

 週刊ポストには、終末期医療についてといいながら、それなら、なぜ75歳以上だけなのか、という疑問が呈されていました。

 後期高齢者医療制度は75歳以上のかたのほかに、65歳以上の障害者も含まれます。老人と障害者を切り捨てようなんて、まるでナチスの発想で、ぞっとします。

 怒りついで?に

さらに340億円の税金が消える!後期高齢者医療制度で厚労省が新・天下りポストをつくっていた!


さて、希望を持てるような話題がほしいですよね。ブロガー仲間のかたたちも書いていらっしゃいますが、4日、5日と、幕張メッセにて9条世界会議が開かれます。詳細は
こちら

posted by ヘリオトロープ at 01:27| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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